2008年09月09日

左横書きで日本語組版

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上図は、左横組みに縦組みのふりがな(昭和35年)。1960年代に入ってもまだ横組みの形が安定していなかったことが伺えておもしろい。これじゃあ、読むとき視線が横・縦・横・縦ってものすごくつっかえる〜。でもほんの50年前なのだなあ。
以下第三回 日本語の組み方[2] 欧文組み その2 | 文字の手帖 | 株式会社モリサワより引用。

左横書き
重要な西洋文化からの影響に「左横書き」があります。左から右へ横に文字を並べて書くのはいつごろからはじまったのでしょう?屋名池誠氏による、詳細な研究、『横書き登場 ─日本語表記の近代─』(岩波新書)を見ながら、話しを進めたいと思います。
 同書に、公刊物での左横書きの最初の例として、明治4年(1871)に刊行された『浅解英和辞林』が挙げられています。想像に違わず辞書がはじまりなのですが、どうもそれは、大型の本格辞書ではなく、簡便な小型本で、その外見どおりに中身も怪しげなものだったということです(当時、書物の格式はそのサイズによってあらわされていました)。なにやら、版権侵害で訴えられていたような、あやしげな本ということですが、左横書き、洋式(グーテンベルグ式)活版印刷という新機軸を打ち出しており、ある意味、意欲的な出版物だったようです。その後、左横書きされる語学書が立て続けに出たことをみても、追従されるほど影響力があったことがわかります。それまで辞書は、「縦書き右方向行移り(左から右へ行を進める)」「横転縦書き(縦書きを90度回転させる)」などの工夫でしのいでいたのですが、ついに、真打ちの「左横書き」が登場したのです。しかし…と、同書は進みます。
 しかし、世界的に見れば、縦書きから横書きへの移行は横転横書きが普通なのに、なぜ日本語が左横組みへと展開したのか。同書はそれを、横書きに不利にならない枡目組版だったためと解いています。前回でお話しした「漢文組み」つまり、漢文のように組むために連綿のひらがなをひと文字ずつに分断し、正方形の枡目に埋め込んだことが、日本語の左横組みを可能にしたというのです。
 縦書き枡目組版信奉者ほど横組みを嫌うことを思い起こせば、不思議なことですが、“ふるまい”が先にあって技術を作るのではなく、技術から“ふるまい”が生まれる例はどこにでも見ることができます。これもそのひとつなのでしょう。
 外国の書字方向に影響を受けて、自国のことばをまねて書いてみることは、よくあることです。20世紀初頭の日本文化の影響を受けたヨーロッパでは、縦書き(横転縦書き)にした添え書きがたくさんありますし、日本でも、江戸時代後期の錦絵に、横転横書きを見ることができます。しかし、そういった新しい書字方向が定着することはきわめて稀です。なぜ日本に左横組みが広まっていったのか、それについて『横書き登場』はこう述べています。
  ──日本語に新しい書字方向が生じたのは、当時の日本社会にそれを受け入れる社会的条件がたまたま備わっていたからだ。そういう意味で、日本語における横書きの成立は、時間と空間の条件に制約された一回性の歴史的な事件だったのである。──
 その「社会的条件」とは、明治の西欧文化への傾倒とあこがれにほかなりません。昭和戦後すぐに創刊された児童雑誌に掲載された左横組みへの(今読めば噴飯ものの)啓蒙も、敗戦国日本が欧米に追いつきたいという気持ちがエンジンになっていたのでしょう。文中にある《進ンダ國ノコトバハ,イヅレモ,ヒダリ横ガキニナッテヰマス》という一文がそれをあらわしています。左横書きが一般に定着するのは、1960年以降のことです。

「縦書き右方向行移り(左から右へ行を進める)」「横転縦書き(縦書きを90度回転させる)」などがどういった組み方なのかが、想像できない。
「縦書きから横書きへの移行は横転横書きが普通なのに」?

20:42 | Comment(1) | TrackBack(0) | Qwan-Note

この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
Posted by 履歴書の封筒 at 2011年12月12日 11:21
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